フレンチというと手がこんでいて、けっこうげてもので、しっかり仕事をしたという料理を思い浮かべます。
素材のよさをひきだした、それはそれですばらしいけれど、シェフは仕事をした、腕をふるったというより、なにもしないのがいちばんおいしいんだという考えもあるのかもしれません。
それでは金属では、職人が腕をふるうのか、素材の魅力をひきだすのか、どういう仕事があるのでしょう。
素材感というと、そのもの自体の質感、重厚感やつやでしょうし、仕事をしたといういかにも職人技ということになれば細工でしょうし。
流行りを真似てみんなと同じになりたい、流行にのりたいからファッションを追求するのでしょうか?それとも制服のように、スーツを着たりするのはみんなが着るから。会社にひとりだけアロハを着て出勤はできないでしょう。みながアロハを着る会社にひとりだけスーツもむずかしい。浮いてしまうというのはどういうファッションなのでしょう。
ひとりだけ金髪。ひとりだけ女装。ひとりだけ坊主、スキンヘッド、ひとりだけ長髪、かつら、ウィっグ。ひとりだけ下着では歩けません。そういえば、昔新宿の紀伊国屋の前の通りを管轄する新聞配達員さんが、レインボーカラーのアフロをかぶって、カラフルな全身タイツのようなかっこうで、自転車をこいでさっそうと新聞を配ってまわっていたのを思い出しました。とても目立ちたくて、普通のかっこうじゃおもしろくないから始めたのが話題になっていましたっけ。
求人
なぜひとは指輪をするのでしょう。
指に指輪があってもなくても変わりはありませんし、それを考え出したら手首にブレスレットも、首にネクタイだってなくても変わりませんし、ベルトをしなくてもズボンは落ちないでしょうし、もっと考え出したら髪を切らなくても病気にはなりません、爪を伸ばし続けたらニュースになってしまうほどみんな整えていらっしゃる、それってどういうことなのか。
無人島なら髪も切らない、たぶん掃除もしないし食べられない花なんか美しいとも思わないしあえて植えたり水やりもしないでしょう。
今より上を目ざす。ここよりもっといい位置へ。よいくらしとは。
広告のあまい言葉が常に脅迫しているのではないでしょうか。
今のままでいい。ありのままのあなたでいいとは広告の消費の世界では言ってくれないのです。
今のままではだめです、もっと若く美しく、、、と。
個性の情報が書き込まれる顔。アイデンティティそのものともいえる顔。オリジナルということになってはいますが、実は顔というのは作られたもので、そのときの流行といったものがあり、流行りのウケル顔の仕立て方というのが、ファッションによって先導され、刷り込まれていくサイクルがあります。
人物像のもっとも外向きな社会にむかって自分という唯一無二の個性、固有であることをアピールするのが顔ではありますが、服も、髪も化粧で作った顔にも、そのお作法にのっとってつくりあげられています。
そういった社会のなかにあって、自分がカテゴライズされ、意識的に対社会的に何者になろうかと考えて服を選び、ふるまい、地域に属しているのだと思います。
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