ヒトのカラダは生体異物を外に出そうとする働きを備えています。
カラダの外に排出するという事もありますが、金属を生まれながらにして体内にも備える性質も古代から受け継いでいます。生命が地球に誕生し進化を遂げてくる過程で、鉱物が地球に在ってそれを取り込んで生き延びたと考えると合点がいきます。
そして有益なのか不要なのかを判断する、運搬する、攻撃する、タンパク質といっても様々な働きを担っています。
そして酵素もタンパク質をですが、酵素を助けホルモンバランスを保つための金属が、カルシウム,ヨウ素,鉄,銅,マンガン,マグネシウム,セレン,亜鉛,コバルト,クロム,フッ素,モリブデンです。
こんな金属が体内にあるなんて大丈夫なのでしょうか。
でもなくてはならないそうです。
人体を構成する元素
ペアリングとマリッジリングはどこか違いがはっきりあるのでしょうか?
答えはイエスです。
ペアリングとはファッションリングで、どんなリングでどのようにできていてもいいもの。
一方結婚指輪とは、永遠に一つに繋がっている象徴の意味で輪っかを指にはめる事に由来し、切れ目のない輪。
棒を繋げて輪にしていない、つなぎ目のない真の輪がマリッジリング。
ジュエリーは制作上の都合で地金を棒に引き伸ばしそれを芯がねという道具に巻きつけてロウ付けするのが一般の指輪となります。
同じように作られて結婚指輪と称して売るショップさんも中にはあるかも知れません。
本来の結婚指輪の姿は繋ぎ目のない輪のこと。
昭和の時代はペアルックと称するまったく同じデザインの服を私たち仲良しですのアピール的なファッションとして、同じストライプのセーターを着て銀座をぶらぶらといったことが行われていました。昭和の中ごろのおはなしです。
今はそういったお揃いでファミリーをアピールしたりラブラブぶりを誇示すると言ったファッションは皆無ですが、なぜか結婚指輪に関してはそうした慣習が残ってしまったのか、百貨店ではまったくおそろいの指輪というのがガラスケースの中に勢ぞろいしております。
なぜ結婚指輪のイメージがお揃いという同じデザインで人々の中に定着したのでしょう。
たぶんご両親さまがそうしたまったく同じ指輪をつけているからですね。
なぜひとは指輪をするのでしょう。
指に指輪があってもなくても変わりはありませんし、それを考え出したら手首にブレスレットも、首にネクタイだってなくても変わりませんし、ベルトをしなくてもズボンは落ちないでしょうし、もっと考え出したら髪を切らなくても病気にはなりません、爪を伸ばし続けたらニュースになってしまうほどみんな整えていらっしゃる、それってどういうことなのか。
無人島なら髪も切らない、たぶん掃除もしないし食べられない花なんか美しいとも思わないしあえて植えたり水やりもしないでしょう。
結婚指輪を
をはめるシーンは誰の脳裏にも在る光景だと思いますが、それらはほとんど実際の神聖な指輪交換に立ち会った経験からくるというよりも、テレビドラマのワンシーンで観て知っているというくらいのものだと思います。
そして指輪が指におさまる瞬間のドラマで視る光景はすんなり指に入るものですが、実際のテレビ中継されたイギリス王室の結婚指輪をはめるシーンは、なかなか薬指に指輪がはめることができず手こずっているウィリアム王子の姿だったと記憶しています。
指輪は本来きちんと本人にぴったりで日常も使うことが想定されて作られるのですから、そうそうすんなり入るようなゆるいサイズであってはならない、ドラマのようにさっと装着できるはずがないのです。
ましてや、本人が自分の指にはめるならまだしも、それを新郎が新婦の指にはめるのは結構むずかしいものなのです。
練習をしなければ入らないでしょう。そして本番は緊張もあり、指に力が入ればなおはめにくくなっているのだと思われます。
結婚指輪を
をサイズ直しするのって縁起わるくないですか?
ご祝儀袋には赤白の水引が使われます。まちがっても黒白ではない。
ご祝儀袋の中身は使い古したお札を入れるひとはいません。新しいまっさらな新札です。
結婚式のスピーチに使ってはまずいワードというのもあります。分かれるとか切る、切り離すとか。
なのに結婚指輪は当人が結婚するカップルが着ける大事な指輪なのに、サイズが合わないなら直せますよ安心して買って下さいと言われます。これってサイズはそんなに簡単に切ってつなげていいというものとしてずっとあることなんでしょうか?そのお店が技術がないからサイズ直しできるからと大丈夫ですよといってとりあえず売ろうとしているんじゃないんでしょうか。
そんなに人間皆さん太っていく運命なんですか?結婚して将来太るからサイズをぶかぶかに作っておいたほうがサイズ直ししなくていいとかそういうことあるんですか?
結婚指輪を選ぶときにそんなに将来の不安を加味しておくものなんでしょうか?
ラフォーレ原宿さま
は果たして危機感を感じていらっしゃるのか、それとも逆に東急がオープンしてみて安心したのか自信をもったのか。
期待とともに東急がじゃじゃーんとオープンしてみて、反応はどうなのだろう。
まだ原宿らしからぬスーツ姿や年配客も見えるので、新規オープンの見物客も多い。渋谷にオープンしたHIKARIEと比べると、東急の方がやはり若年層ではあるけれど、服にばかりお金を使ってしまう貧乏なティーンとはちがう客層がお茶をしたり食事をしたりしている。
忙しいと言うと、それを言い訳けにするようなニュアンスがあって声高には言えないような場ってあるけれど、でも自分のキャパを知っているのは自分であって、それを他人に勇気をもって知ってもらうのは悪いことではない。
忙しさのものさしは人によってまちまち。自分のものさしで人のスケジュールを押し測っていると齟齬が生じるのも必至。
忙しい、いっぱいいっぱいなのだと、外部へ助けを求められれば、気持はかなり救われるから。何もかもパーフェクトにこなさないといけないとノイローゼになるのは、危険な道。
そしてその忙しさもまんざらではなく、
時間が限られているからこそ、充実した時間の使い方をこころがけるようになるわけで、タスクがまったく存在しなければ、いつやってもいいことだらけで、なんの締切も納期もない仕事であっては、区切りをつける必要すらなく、とめどなく怠惰な時間を送ることも可能になってしまう。
ひとは無人島では花を飾ろうなどということをしない。ましてや、食べられないような花などめでて、育てようとなどしはしない。
ひとは、人間どうし社会において洗練されたいと思うからこそ、身だしなみを整える。そして時間にも限りがあるからこそ貴重な時を有効に使おうという気持ちが生まれる。
自分でタイムリミットを設ける。時間をデザインするということかもしれない。
忙しいひとにぴったりなのがチタンなどの硬いリング。
なぜぴったりかといえば、それは硬い、強いから。
曲がってしまったり、きずがついたりしょっちゅうメンテナンスしなければいけないめんどうな貴金属とは違い
はるかに強いチタン。
黒の結婚指輪
ひとが忙しさを感じるとき、それは時間がタスクで埋まり、なおかつそれを能動的に決めてこなすのではなく、追われてしまうから。時間を自分でコントロールしている実感を持てれば、忙しさの呪縛から抜け出せるのです。
| 何かを決めるのはそのひとの価値観。時間に追われるのではなく、時間を自ら使って楽しむことができればそれは忙しいではなく、有意義な時間となって流れていきます。 ジュエリーも身に着ける、何かの風習だからとか、動かされて着けさせられるのでは価値は生まれません。 ふたりで決め、ふたりの記念のための意味を自分たちで築いてはじめて結婚指輪の意味が生まれ、大切なものとなる。どの指に着けたっていいのです。ふたりさえよければ。 貴金属じゃなくたっていいのです。みんながプラチナを着けているとか、ダイヤは給料の何カ月分だとかそんなきまりなどありません。挙式を前に忙しいと思ってしまったら、それは何か自分から能動的になれない場面がある証拠。自分たちがルールとなって、好きなようにこなしていけば楽しい挙式ができあがるはず。 こんな時間は規則正しくやってくるタスクとは別の次元。結婚を控えているのなら、スケジュールを楽しみながらいっぱいにしたいもの。 チタンには色をそえるという特徴があり、それによりデザインもバリエーションに富んだラインナップを揃えることができる、アクセサリー素材としてはうってつけの金属。 |
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